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Doctor Mからのメッセージ#068                     (2007.1)
        胃に放り込む量を”苦痛なく”減らすノウハウは?その2
 
 
私は開業してから次第に「多くの人がどうしたらカロリーを減らすことが出来るか」に大きい関心を持たざるを得なくなりました。思いついたことをメモっておきます。

 
私は朝夕はほとんど自宅で食べます。昼は病院食を食べます(検食です)。前号で述べたような食べ方、つまり、少量ずつ口に入れた食物を十分に味わって食べて、その結果以前より少量の食事量で切り上げて不満のないこと、は昼食時にはかなり徹底出来ていますが、夕食の場合はうっかりするとパクパクになる傾向があります。昼食は予めトレイに並べられた皿にカロリー計算されてくるのですが、初めから「これだけです」というパターンのために、意識が「そういうつもり」になるらしく、何となく納得できるのです。例えば、料亭で和食などを食べる際には、少量ずつの品が順々に並べられるけれど、「おいしいからもっとお代わり」ということにはならず、あまり満腹できなかっても一応ご馳走様ということになります。これらのことからも判るように、初めから、「これだけです」と皿に予め決められた量(勿論、多過ぎない量)のパターンにしておくと、我慢できる可能性が大きい。家庭でも料理を作る際にカロリー計算して作る量自体を少なくするか、何回かの量をまとめて作る場合でも、食卓に並べる時点で適切な量のメニュー以外は食卓に載せないことで(総量規制)、心理的により苦痛が少なくカロリー管理できる可能性があるように思います。総量規制には間食の量も重要問題です。

 
上に述べましたような和食料亭のパターンが良く、バイキングのパターンは悪いですね。特に和食料亭の場合は最後に少量の米飯が出されるので、この順序も良さそうに思います。ただし、「美味しかったが腹が一杯にならなかった」ということもしばしばあるのも確かです。バイキングの場合は総量規制が難しい。家族の皆で焼きそばを焼いて食べる場合や、鍋物、カレーライスなどはしばしば総量規制が難しく、食い過ぎになることが多い。私は、たまには良いと思うけれど、普段は総量規制を貫徹する必要があります。たまに大食いして体重測定して「ありゃ、増えてしまった」と思ったら、数日は我慢するのです。このパターンに慣れると、我慢するのも楽しくなります。

 
空腹でやっと食事にありついた時のこと。ここでバクーッと食物を放り込むと、「アアーッ、やっと生き還った心地になった!」と感じるけれど、この間の時間はほんの僅かなもので、後は惰性で味もじっくり楽しまずに満杯まで胃袋に放り込むことになります。ところが、「空腹で死にそう!」という時に、少量ずつ食物を入れるとどうなるか?口に食物を少量入れて噛みだすと、胃がキューッと収縮するのが感じられます。「早く食物を呉れー」とせっついているようです。しかし、ゆっくり味わい続けた末に嚥下します。そしてまた少量を入れ、また胃の収縮を感じ、「もっと呉れー」となり、何度か繰り返されます。この感覚に目覚めると、実に楽しいものです。例の「好いものは小出しにして楽しもう」という一般的な知恵に通じるものです。マゾヒスティック的でもあるのかな。

 
碗や皿に乗った食物を食べ残すのは、私達のような若くない者には倫理的な抵抗感があります。「もったいない」。これは美徳なのですが、カロリー制限すべき人には世迷言であります。その結果、動脈硬化が進んだり、糖尿病の管理が狂ったり、自律神経が変調したりしては、その方が経済的にも「もったいない」。本当に「もったいない」と思うなら、料理を作るときに量を加減して作るべきでしょう。「もったいない」は言い訳。

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