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Doctor Mからのメッセージ#061                     (2006.7)
      ラジオの健康相談を聞いての感想と最近の相談サイトの紹介

 十年以上も前のことですが、私は日本赤十字社熊本健康管理センターの胸部写真読影のアドバイザーの仕事をさせてもらっていました。木曜日の午後に長嶺町へ通うドライブの最中がたまたま「ラジオ健康相談」の時間であったので、毎週聴いていました。

 
それを聴いていると、「何故、こういう質問を主治医に聞かないのだろう」或いは「何故、こういう質問を主治医は引き出すことができないのだろう」と感じました。疑問を抱いたまま診療を受けるのも困るし、抱かれたまま診療するのも辛い構図です。主治医が古いタイプの医師なのでしょうか。古い人権感覚の医師にも良いところがあるとは思いますが、やはり十分に判りやすい説明をする義務があります。今の若い医師達は患者に対する接し方の教育プログラムを受けているので、その点は良い方向に行っているのではないかと推測しています。私自身はその中間くらいの世代であろうと思います。もちろん、個人差があります。

 
ただし、患者側も、事務的仕事と決心してでも、一回でもちゃんと病状や方針を聞く姿勢を持っておられたのか?と敢えて言いたいです。そもそもかかっている医師には信頼しているか少なくとも信頼したいという気持ちがあるはずではないでしょうか。それなら、普通に質問すれば以心伝心で答えが返ってくるでしょう。答えがなかったら、自分なら転医しますね。ただし、初めから納得がいかないという姿勢がありありで質問するというのは生産的ではありません。相手も人間ですし心を開きづらい。しかも、自分が理解間違いであった場合(素人ではあるので、その場合が少なくない)には具合が悪いでしょう。

 
とにかく、ラジオ相談でその道の権威のドクターに良い意見を聞いた後で、今の主治医にどう付き合っていくのかを想像してしまうのです。これを機会に別の主治医に替えるのだろうか?そういうラジオ健康相談で話を聞いたことを報告するのだろうか?黙って今のままのパターンを続けるのだろうか? ちゃんとした情報を冷静に判別して別の医師を選ぶのは良いことかも知れない。しかし、物事は「青い鳥」ではないけれど、遠くに何か良いものがあるという期待だけ持っても確率は良くないのではないか? 自分の医師に対する姿勢が変わらなかったら、相変わらす同じ悩みを続けるのかも知れない。

 
ところで、そのラジオ相談の実力のある医師の説明は、大抵が途中で、「詳しいデーターが自分には判らないので、決定的なことは言えませんが、こういうことが考えられます」という風な応答の最後に、必ず言うセリフは、「今の先生に十分に相談されることが宜しいようで・・・・・」なのです。無難な台詞とも受け取られますが、やはり番組担当の先生は「主治医にもっと遠慮なく聞くように」ということを勧めているのでしょう。また一方、現在の主治医がやっぱり実力不足だったという可能性が結構あると思います。しかも、何しろ全国ネットで担当するような医師は相当の実力者であるから、それに比較されると不十分な点が出てくるのはやむを得ないのではないかと思います。私自身、自分の患者さんがそういう相談をされたなら、大抵の領域で自分の力不足のところが判るであろうと思います。余りの実力不足と思われれば転医も致し方ないと思います。

 
最近、ある疾患で最近の検査データーを見て、その治療方針に苦慮したので、インターネットのGoogle で、その疾患名を検索項目に入力したところ、「インターネット大学」のサイトに行き着きました。その結果、非常に良く分かり、知識の整理に役立ちました。これは、医師が見るためのサイトではなく、患者さんが相談するサイトなのです。上述のラジオ相談の進化したものと言えると思います。しかし、それでも、医師が見れば知識の整理やパワーアップの効率が良くても、読み手にもともとの知識が乏しいと(個別の問題点の整理が出来ていないとなおさら)、適切に判断することは極めて難しいかなと思います。

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