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Doctor Mからのメッセージ#085 (2016.06)
        

薬剤処方の適正な匙加減に医療費の支払いを拒否されている

薬剤の説明書には、「効能」「投与量」が記載されている一方で、「使用に慎重であるべき病名」や「使用してはならない(禁忌)の病名」が書いてあります。しかし、実際に適切なオーダーメイド投与においては、主治医の裁量と責任で投与量の逸脱をしたり(ただ、投与量に関しては記載上は医師の裁量が認められていますが、支払基金には無視されています)、禁忌とされる病名でも使うことがあります。こういう場合に、「薬剤情報書」を読んだ患者さんが処方する医師に不信感を持たないように説明することがあります。加えて、医療費削減を第一目的としている支払基金は、薬剤の説明書の通りでないと絶対にその薬剤の医療費を支払ってくれません。いくら「最新の医学ではこうなっている」とこちらから説明書を提出しても駄目です。支払基金を担当する医師の人達はどういう知識を持っているのかなと疑問に思います。以下、当院のような診療所でも扱う例を示してみます。

◎アテノロールなどの薬は国によって降圧剤・狭心症・不整脈に対して効能が認められています。こういう種類の薬(β交感神経抑制剤)は長い歴史の間にその作用がよく理解されているものです。主に、心臓の収縮のリズムを遅くして、かつ収縮力を抑える働きがあります。別に、気管支を収縮する傾向にあります。それで、禁忌に「心不全」と「喘息」と書いてあります。ところが、心不全の一部またはかなりの症例においては、「今は僅かに心臓をさぼらせておくことで心臓が長持ちする」ということが判っており、最近では投与(通常量の8分の1とか4分の1もよくあります)によって、予後を良くすることは日常茶飯事的に行っています。もちろん、最初は専門学会の指針を専門医の先生から教えてもらったものです。この処方の支払いはしてくれないので医療機関の「手出し」となります。この金額は些少でありますが、「支払は認めない」という書類が来るので、不愉快なのです。

◎こういうβ交感神経抑制剤を用いて高血圧・狭心症・不整脈のコントロールがうまくいっている人に喘息が生じたら病名上困るのです。その時点でこの薬は「禁忌」になってしまうのです。最初の病名に対しては代替薬の適切なものがないこともあるし、代替薬があっても管理がピッタリになるまでの試行錯誤期間が長引くこともあります。実際のところは、経験を積んだ医師ならば、β交感神経抑制剤を止めずに適切な喘息の治療を継続すれば良いのであって、「場合によっては減量~中止をすることもありうる」ということもあります。それが医師の匙加減です。当局(支払基金)は「禁忌薬」として、これを認めないのです。

◎このβ交感神経抑制剤は他に「糖尿病は悪化する可能性があるので注意して用いること」とありますが(これは禁忌ではない)、状況を知る由もないのに支払いを拒否される場合がしばしばです。その糖尿病において「副腎皮質ステロイド(副ス)」は明確に「禁忌」とされています。だから、糖尿病の病名があるのに「副ス」を処方すると支払い拒否されます。ところが、実際はいくら糖尿病であろうとも「絶対に「副ス」を用いるべき」なのが稀ではありません。使用しなければ重篤化(場合によっては死亡)する場合(喘息やその他の重篤なアレルギー疾患など)や後遺症が残る場合(顔面神経麻痺など)は結構あるのです。糖尿病の症例で「副ス」を用いる必要のある場合は血糖をモニターしながら糖尿病の治療を続けるまたは開始するのですが、軽度の糖尿病の場合は外来でモニターしていて結局、多少糖尿病は悪化したが短期間であったので特に糖尿病の治療を要しなかったことも少なくありません。一方、既に相当糖尿病が悪い場合は入院してから「副ス」を使います。糖尿病は血糖のモニターをしながらインスリン投与を一時的にいたします。ということで、「禁忌」とか「投与量」とかは書いてあることが絶対の真実ではないのです。

◎以上のような、医療費のしばしば細かい額の支払い拒否をしておきながら(塵も積もれば山となる、ですが)、高額の治療法や高額のしばしば不必要な検査(次第に増える)を野放しするような了見では我が国の医療保険システムは持たないと危惧しています。

 


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