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Doctor Mからのメッセージ#079 (2016.01)
        

専門家の示すガイドラインのどこが胡散臭いのか?
   

       医者というものは、狭い自分の人生観や哲学だけで医療をするものではないと思っています。やはり、長い歴史のある医学の成果を勉強して、現在の各診療科学会や指導者の示す指針や書物を習うのを基本とすべきだと思います(私は、呼吸器外科では以前は学会で指針を示す活動をしたことがありました)。また、法律的には、「保険診療の指針に従う」と誓うことで保険診療医の資格を得て診療をしております。ただ、保険診療の支払い基金が、学問的にも実地診療的にも疑問のあり過ぎる判断で支払い拒否を日常茶飯事にしていることをこの場で抗議しておきます。ただ、臨床医の方にも医療費の削減についての国家に対する協力姿勢がないのが要因だと思っています。

        しかしここで、個々の専門科の作成する指針である「診療ガイドライン(GL)」についての問題点を述べてみたいと思います。有名なのが「高血圧治療」のGLでしょう。随分昔から(私が医者になる前から)血圧の目安は確か140/90と単純明快だったように記憶しています。この20年くらいの間(私が開業してから)に何回も改定があり、高齢者以外は135/80になり、家庭血圧は外来血圧より低目が基準で、かつ、糖尿病がある人は低目を目標とか次第に厳しく、また複雑になってきました。これは臨床専門学者の努力の過程なのですが、それは薬物の大規模臨床試験と同じく、数千~数万人(大規模)のその後(前向き研究の場合)の血圧の値と関心疾患の発症率との統計的な差があるかどうかを調査しているのです。大規模でないと統計的には有意差がでないので結論が出ないからです。統計学的にはそれが常識で、現在のこういう研究には必ず統計専門家の参加を必要とされています。

        私は、統計学の世界的権威が述べている内容を最近読んで、自分が素朴に思っていた判断に力を得ました。「1万例を集めないと有意差が出ないような事象は、目の前の数例や数十例程度の事象の予測をすることは全くできない」。すなわち、大規模研究が正しく行われたとしても、「疫学的調査結果」➜「衛生行政方針決定」への資料としてのみ、有用であるように思われます。しかし、血圧が140か135かというような細かいことが目の前の個々の患者さんの運命にどのような影響があるなんて、先ず直感でも、誰にでも言えないと感じます。実際の私はどうしているのかといいますと、「大体は以前からの慣れ親しんだ140/90でよいのだろう。ただ、糖尿病で長い人や心機能に問題のある人などはやや低目が良いかな」くらいです。

        ところが最近、高血圧の治療のGLが元の値に近く変更されました。莫大な経費と時間をかけて一体何をやっているのかと思います。私の趣味としては、こんな仕事は知的にも全く面白くないし、したくない仕事です。こういう仕事をしているその界の権威が、しばしばノバルティス問題とニアミスを起こしていると思います。ほとんど同じ領域なのです。血圧に関するものは、DMM20~23に書いています。

        糖尿病治療のGLとか慢性腎不全(CKD)のGLは、専門家がする講演会や講習会に出席して積極的に研修しています。特に、熊本市・県は全国で人工透析が一番多いという驚くべきことのようで、医療費の問題もあり、行政もこの状況を是正するために、研修に力を入れています。糖尿病やCKDの患者さんの場合は常にGLのことを念頭に入れて診療をしています。しかしながら、GLを必ずその通りにしているのでもありません。たまには「うっかり」もないともいえないのですが、個々の患者さんの状況によってはGL通りにすることの方が不都合であることもあるのです。具体的に言いますと、ご本人の希望・他の疾患のこと・認知のこと・性格のこと・経済的な面・家族との関係などです。できる範囲の説明をするようにはしています。


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