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Doctor Mからのメッセージ#054                     (2005.5)
                免疫学から本当に学ぶべきことは?

 癌の予防や治療における免疫の役割のいろんな情報が氾濫していて、現物の人間に「こうすればこうなる」というように、さも解ったかのような書物や民間療法・サプリメント業界の「お話」に出くわします。それらは、詰まるところは「Aという物質が?という細胞を刺激する」という試験管内の事実を以って「Aは?を有する個体の機能をアップする」というストーリーに収束される。これはさも真理のような論理形式のために、「お話」しているジャーナリストや業者や学者自身までもが信じている場合が少なくないかも知れません。しかし、実は「Aという物質が?という細胞を刺激する」から「Aは?や、あるいは?を有する個体の機能をダウンする」という現象もまたあり得るのです。どちらに転ぶか不確かである。重要なのはどちらに転ぶかの条件を、生活している人間について、明らかにすることであります。しかしまた、大抵の「お話」はアップもダウンも言うほどの程度ではないというのが現実と思われます。

 免疫の主役は長らくリンパ球と言われています。抗体を直接産生するB細胞とそれを助けたり自分で種々の免疫反応を行使するT細胞とが有名です。あるリンパ球?は細胞表面に?という抗体様構造を持っていて,特定の抗原構造Aにのみ結合して刺激を受けると、その刺激が細胞内の諸反応を引き起こして細胞?が活性化するのです。その特定以外の抗原BやCには刺激を受けないのです。Aの刺激が適当な量であれば?は確かに活性化するのですが、Aの刺激が僅かすぎると実効は不明で、Aの刺激が強すぎたり付加条件が加わると?は機能不全になることがあります。こういうことは、具体的に個々の細胞に起こる場合もありますが、細胞群全体として扱うとそのような結果になるという場合もあり、解析不十分なことも沢山残っています。このマイナス現象の典型が免疫麻痺や免疫寛容というものです。また、リンパ球群に対して広く刺激作用のある物質がありますが、これも高濃度であるとリンパ球が機能不全を起こします。さらに、T細胞には免疫反応を活性化するヘルパーT細胞とかエフェクターT細胞とかいう概念的に明快な細胞群の他に、サプレッサーT細胞という免疫反応をダウンさせる細胞群の存在が随分前から分かっています。また、癌免疫においては、免疫すると却って腫瘍の増殖を活発にする免疫促進反応と銘打った現象もあります。つまり、Aという刺激があっても、状況によっては、結果的にエフェクター細胞?群の機能を却ってダウンさせる場合があるのです。どの条件の場合に反応がアップしたりダウンしたりするかが分からない限り、軽はずみなことは言えないはずです。基礎研究の中ではそれを明確にする貴重な努力がなされているのですが、現物の人間については、その条件がほとんど解析されていないのです。

 ある物質A(鍵、リガンド)が細胞?の表面にあってピッタリ合う構造?(鍵穴、レセプター)と結合して、細胞?を刺激する場合に、状況によってはダウン反応があることがあるということです。免疫学以外の一例として、全身麻酔の時の補助薬として筋弛緩剤の静脈注射を用います。そのうちで、神経から筋肉への刺激を受ける筋肉側のレセプターに結合するサクシニルコリンという薬剤があります。この薬剤がこのレセプターに結合すると離れ難いので、神経末端から生理的に遊離されるアセチルコリンという物質の結合を阻害して筋収縮が出来なくなり、筋肉が麻痺し続けるのです。この薬剤を静脈注射すると、筋肉が短期間痙攣した後で麻痺します。もし、サクシニルコリンのレセプターに対する結合が短時間で離れる性質ならば、むしろ単なる短時間性の筋刺激剤となります。僅かの属性の差で効果が逆転する例と思われます。

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