直線上に配置

Doctor Mからのメッセージ#089 (2016.06)
        

専門外ながら神経疾患の画像診断に思うこと

◎神経疾患についてはあまり判らないので、大抵は専門医に紹介しています。それでも二十数年も開業医をしていますと、感想のようなものは出てくるのです。前々号で紹介した神経内科のU先生には神経内科の診察を依頼していた期間がありました。神経領域の先進国であるフランスで厳しい研修を受けた彼女によりますと、経験を積んだ医師がマニュアル(用手的)な診察を詳しくすると、神経障害をきたしている脳の病変部位を非常に細かく診断して、その後に画像診断でその診断を確かめるということです。然るに、現在の日本の趨勢は「画像診断に頼り過ぎるので、用手診断の訓練が疎かになっている」とのことでした。医療費に対する認識の差が両国にあることも、こういう差に顕れているのかも知れません。

◎MRIによりますと、脳の疾患の画像上は結構詳しい所見を得ることが出来るようです。CTの診断能力はMRIに比べると多少見劣りがすると思われます(肺の場合ではCTの方が画像的に優れていると思います)。診断費用はMRIの方がより高価であります。特にそのCTについてですが、当院でも頭部CTは行っており、自分たちで画像診断していますので(専門医と比べたら読影も不十分で機器の解像度も低いものですが)、それなりの経験を得ています。CT画像で病変の所見があっても、それが現在の症状の責任部位とは限りません。古い病変が映っていることもあります。新旧の診断も経験の積んだ医師なら判断できるようです。それでも、責任病変の部位診断は通常診察上の症候の所見が大きい比重を持つとのことでした。最近の号で、医療費の適正な抑制という論陣を張っていますが、本号で述べたいことは以下のことです。優秀な神経内科医師が診察をしっかりすると画像診断をする以前に正確な臨床診断が可能かも知れないのですが、現在の日本では自動的により高価な画像診断をすることが日常的であります。「頭がピリピリ痛い」というだけで頭部CTの検査など小生はしたくありません。日本では、患者が画像診断上での確実な所見結果を要求するので、医師側もしなかった場合の「患者からのクレイム」のリスクを考えると、全部しておこうかなとなると思います。いろいろ述べてきましたが、実はこの点が一番の問題点かと思います。

◎先日、内科疾患で通院中の70歳代の女性が当院の建物の中で転倒して額に「タンコブ」を作りました。特に神経症状もなかったし、頭蓋内の問題はまずないようだと判断して、しっかり者の彼女をそのまま帰しました。頭部打撲の方にはその後の留意点のパンフを渡しています(慢性硬膜下血腫など)。その数日後に無症状なのに、家族が心配して別の病院に受診させて頭部CTをしています。いろんな考えがあろうと思いますが、患者側の医療費の無駄使い感覚がかなり問題になってきていると思います。こういう観点からは一部負担金の額が少ないのだと思います。一部負担金ゼロなどは幼稚な議論だと思います。国も医師会も「世界に誇る」という国民皆保険は、持続可能なら小生も破綻しないでほしいと思っています。しかし、医師会が自画自賛する「フリーアクセス」は間違っていると思います。フリーアクセスを本気で抑制する方策を取らないから、無駄な検査や無駄な投薬が積み重なるのです。その基本を変えないで実に面倒な誘導政策で検査と投薬の抑制をしようとするが、医療機関の疲弊(医師・事務員)をもたらすだけで、実効の期待できない下手糞な政策だと思います。

◎脳疾患の病変の部位は麻痺などの症状部位によって診断され、疾患の種類(卒中、腫瘍、外傷、炎症、変性疾患など)は発症の時間的経過によって診断されます。極端に言えば、問診と診察をしっかりすると(小生独りでは後者を十分には出来ないので、優秀な理学療法士の協力を受けることがあります)大体の診断は高い確率で可能のようです。必要な場合は当然CTなどの検査はすべきですが、最低必要限の検査という意識も必要かなと思います。

◎腰痛も画像診断の異常所見が現在の責任病変とは限らないことは随分前に整形外科学会が自戒を込めてコメントをしているはずなのに、現状は画像診断の所見をもって安易に患者に説明していると思います。具体的に言えば、最近の腰痛症状について、X線写真で脊椎の圧迫骨折像があっても、痛みの実態は疲労性筋痛ということが十分あり得るのです。


←Back                                                                     Next→
直線上に配置